宗旨・曹洞宗 寺号が法華寺であるのになぜ曹洞宗かといいますと、白鳳の昔、この地に大興寺という大寺がありました。この寺は法相宗で、渡来僧智鳳法師を開祖として、五重の塔を二基備えたいわゆる薬師寺式の七堂伽藍が、現在地から、三嶋大社の前あたりまでの問に立ち並んでいました。
ところが、その後別の所にあった国分尼寺が焼失して再建できないので、この寺を代用国分尼寺と定めました。尼寺は別名を法華滅罪の寺ともいうところから、寺号が改められて法華寺と呼ぶようになりました。歴史書には金光明寺法華寺とたいへん長い名が記されています。国分寺系は奈良の東大寺を本山とする華厳宗であり、尼寺は同じく奈良の法華寺を本山とする、法華経の功徳によって女人の五障等を滅して現在および末来の二世の安楽を得せしむる目的で建てられたものです。そのため今もって本尊は尼寺にふさわしい阿弥陀如来様でございます。
その後、弘法大師が伊豆の修禅寺を開かれるに及んで、一帯の各寺々が真言宗に改宗されました。当山もその一つで、現在、東海八十八箇所第七十六番の霊場になっています。御詠歌は「まことにも しんぶつそうを開くれば 真言加持の不思議なりけり」とうたわれています。また、この寺は観音霊場にもなっています。これは隣地に在った竹林寺が廃寺になるに及んで当寺に移されたもので、たいへん古い観音像と共に横道二番の札所になっています。御詠歌は元の竹林寺にふさわしく「もとよりも竹の林の寺なれば 直ぐなる道を頼む末の世」とあります。
ところで、また宗旨にもどりますが、伊豆の修禅寺が真言宗から曹洞宗に改められその九代目の僧逸叟栄俊禅師に依って当山も曹洞宗となり現在に到っています。
また、この寺はもと三嶋明神の別当を勤めた時代がありました。戦前までは当山住持が神殿に登り、除夜の鐘が終るとその初座に心経を読誦して天下泰平を祈祷したものでした。今も、寺内に三島明神大山祇命像を奉安しております。
なお、墓地内に大きな地蔵尊がありますが、これは、源頼朝公が、旗挙げの成功を祈念して、心経を写経して奉納した時の経塚で、前庭の松の木とその下の腰掛け石もみな公のゆかりのものであります。
かくして、大興寺から始まり、一三○○年の歳月の中で幾多の変遷を経ながら現在まで法燈を続けています。
| 寺院のご紹介 |
| 住所 |
静岡県三島市東本町1-15-48 |
| 電話番号 |
055-975-4994 |
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