浄土宗総本山 知恩院(京都府)(チオンイン)京都府京都市東山区林下町400
知恩院(ちおんいん)は浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山(かちょうざん)。
歴史と文化遺産に彩られた京都・東山三十六峰のひとつ、華頂山のふもとに広がる。ここに居を構えた法然上人が初めて念仏の教えを説き、その尊い生涯を閉じた念仏の聖地です。法然上人によって日本の仏教は、はじめて普遍性を獲得したといわれます。
国宝のひとつである三門は、木造の門としては世界一のスケールで、念仏のふるさとにふさわしい荘厳な輝きと、その大きな構えに、誰もが驚嘆の声をあげるでしょう。
(てら旅美人事務局より)
バスを降り、知恩院へむけて歩を進める、正面に知恩院の三門がみえてくる。
普通は「山門」と書くが、知恩院では、空・無相・無願という、悟りに通ずる三つの解脱の境地を表わす門(三解脱門)の意味で、「三門」と書くそうですが、どっしりとした三門をくぐるとき大きな懐に包まれるように感じました。徳川二代将軍秀忠公によって建立されたものだそうで、高さ24メートル、横幅50メートル、屋根瓦約7万枚。振り返ってみるとその大きさに改めて驚かされます。男坂をあがると、広い境内がひろがります。御影堂には、いつも多くの参拝者がいます。多くの人々を受け入れるそんな度量の広さを感じさせ、自然に手をあわせて拝んでいる自分に気がつきます。この御影堂には、有名な「忘れ傘」をはじめ大扉の落とし金の「河童」など、いろいろなものがあります。団体であわただしく参拝するのでなければ、ゆっくりと時間をすごすのもいいと思いますよ。
知恩院さんにくると、いつも何かを私にくれるような感じがします。修学旅行で初めてきた時、学生時代に友人と訪ねた時、お客様と訪れた時、目的や自分を取り巻く環境が違っていても、いつも暖かく出迎えてくれるからでしょうか。ここは、浄土宗の総本山、見えないところでは多くの人達が働いています。でもその人達一人一人がとても暖かい人が多いのも、この雰囲気をかもし出しているのかもしれませんね。
三門特別公開
三門前
| 寺院のご紹介 | |
|---|---|
| 住所 | 京都府京都市東山区林下町400 |
| 電話番号 | 電話 075-531-2111 |
| アクセス | バス・京都市営バス知恩院前バス停、または京阪バス神宮道バス停下車、徒歩5~8分 |
| 駐車場 | 自家用車でお越しの方は、警備員の誘導に従ってください。(平成22年5月6日より一時閉鎖) |
| 拝観時間 | 午前9時から午後4時(受付終了) |
| 拝観料 | 方丈庭園…大人@400円 友禅苑…大人@300円 2庭園共通 大人@500円 |
| おすすめPOINT1 | 知恩院に伝わる七不思議(一部非公開) |
| おすすめPOINT2 | 京都・東山三十六峰のひとつである華頂山の麓にある日本一の三門 |
| 公式サイト | http://www.chion-in.or.jp/ |
| ブログ | 知恩院セールス担当者だより |
| 宿泊施設 | 新 和順会館 ご案内 客室 全50室 (洋室25室、和洋室9室、和室16室) 研修施設 大広間(120畳敷) (シアター形式 154名・セミナー形式113名・団体会食144名) 和順ホール (シアター形式240名・セミナー形式195名・団体会食154名) ギャラリー和順 知恩院寺宝展示 ショップ沙羅の木 オリジナル商品・京都の老舗の逸品を用意 レストラン 東山の自然あふれるたたずまいにふさわしく、旬の京の 味覚をお届けする「花水庵」。お座敷もございます。 お申込・お問い合わせ 和順会館 TEL 075-205-5013 FAX 075-205-5015 |
| 地図 | |
|---|---|
大きな地図で見る |
| 関連情報 | |
|---|---|
写真ギャラリーー 写真ギャラリーです ー
見たい画像をクリックして下さい。
周辺スポットー 周辺スポットのご紹介です ー
大殿とも呼ばれ、桁行十一間、染間九間、正面五間の向拝、背面三間の向排、単層、入母屋造、本瓦葺で、江戸初期を代表する大建築です。 家康公の創建は慶長年間でありますが、現在の御堂は1639年(寛永十六年) 徳川家光公による再建です。
1621年(元和7年)徳川二代将軍秀忠忠公の寄進を得て建立されたものです。高さ24メートル、横幅50メートル。木造としては世界最大級の門です。 大遠忌中は特別公開されます。 写真は、遠忌に向け歩道の整備が整った三門前です。
大谷の禅房の故地であり、知恩院発祥の地でもあります。現在の勢至堂は 1530年(亨禄3年)に再建されたもので、現存する知恩院最古の建造物です。古式法要の折はここでも法要がつとめられています。
この大鐘は寛永13年(1636)、知恩院第32世雄誉厳上人のときに鋳造されたものです。日本三大名鐘の一つといわれ、高さ約3.3メートル、口径2.8メートル、厚さ約30センチ、重さ約70トンあり、鐘楼と併せ国の重要文化財に指定されています。 この大鐘がならされるのは法然上人の御忌大会(4月)と大晦日の除夜の鐘、成人式(1月)の折だけですが、とりわけ除夜の鐘は親綱1人・子綱16人の17人で撞き、京都の冬の風物詩となっています。
中国の唐の文化を日本の建築様式に取り入れた重層宝形造の建物で、独特の造形美をみせています。 中には徳川二代将軍秀忠公が納められた『宋版大蔵経』六千巻を安置する 輪蔵が備えられています。
方丈庭園(京都市指定名勝)の中にある、二十五菩薩の庭です。 知恩院所有の国宝「阿弥陀如来二十五菩薩来迎図」を基にお浄土へ迎えてくださる様子を作庭したものです。配置されている石は阿弥陀如来と二十五菩薩を、植え込みは来迎雲を表しているそうです。
勢至堂を奥へ進んだ所に「濡髪大明神」のお社があります。 ここには、知恩院を火災から守る濡髪童子をおまつりしており、毎年11月25日 午後2時より、護摩焚きの大祭を厳修しています。 また「濡髪」という名のため、昔から祇園町のきれいどころの信仰を集め、縁結びの明神として参詣者が後を絶ちません。 「濡髪童子」 江戸初期、知恩院第32世 霊厳上人枕元に、濡れ姿でシクシクとすすり泣く 童子が現れました。この童子は古くからこの御影堂の地に住む白狐であり、 御影堂が建設されたために住処をなくしたとのことでした。あわれに思った 霊巌上人は、童子のために寝ぐらを作ってあげました。 後日、再び枕辺に現れた童子は、お礼に知恩院を火災から守ることを誓い、 その証に御影堂の軒下に傘を置いていったと言い伝えられています
二代将軍 徳川秀忠の長女(1598~1664)。幼くして、豊臣秀吉の息子 秀頼の元へ嫁ぎますが、大阪の陣により徳川家の元へ保護されました。 その後、姫路城主 本田忠政の嫡男 忠刻のもとへ再嫁しますが、忠刻らの 病死により、弟の三代将軍 徳川家光の元へ戻ります。 千姫は出家して天樹院と号し、江戸の竹橋御殿で余生を過ごしたといわれています。享年70歳。
知恩院のムクロジは、江戸時代初期に造成された旧築地上にあり、そのころに植栽されたものと思われるそうです。 ムクロジは、日本では本州(中部以西)・四国・九州・沖縄に分布する暖帯性 の落葉高木です。果皮はサボニンを含むことから石鹸の代用とされ、また 堅い種子は念珠として用いられるなど、有用な樹種です。 分布北限に近い京都でこのような大木になることは稀で、貴重です。 三門前の参道にあります。
ご利用ガイド |
||
会員メニュー |
||
お寺様へのご案内 |
||





